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FUKUSHIMA 原発避難日記 その13:BWV147-10


shinsai17.jpg


          < 運動の自由度 あるいは 人生の曲がり角 >



台風12号による豪雨の災害お見舞い申し上げます。




苦しみのない人生に、どんな満足があるっていうんです。
何もかもが、果てしないひとつの祈りと化してしまいますよ。
そりゃあ神聖だろうけれど、ちょっと退屈でしょうね。

                             カラマーゾフの兄弟




震災から約一週間後に、原発半径30キロ圏内の一時避難所の体育館から他県の避難所に移った。
その避難所の廊下にオルゴール付きの時計があって、一時間ごとに電子音の様々な曲のメロディーが流れる。

夜9時になると バッハのカンタータ“主よ、人の望みの喜びよ”のメロディーが流れ、それを聴いたとき、
震災前の何気ない日常----リビングルームに置いてあるノートパソコンで、YouTubeに上がってる
“ウサビッチ”の動画(ウサビッチでは、ほぼ毎回ラストシーンで“主よ、人の望みの~”が流れる)
を見ながらケラケラ笑ったりしている、そんなひととき----を思い出し、
「私は特にこれといって何もない、ごく普通の日常を失ってしまったのだ」と感じて思わず涙があふれた。


マテリアリストの私に、このタイミングでこの曲? 冗談キツイわ、、、とも思ったが。


ところが、それから1ヶ月もしないうちに、
「日常を失ったのではなく、今までとは違う新しい日常が始まったのだ」と考えるようになった。

ものの見方、視点を変えるっていうか、前向きな考え方じゃん。フフフってな感じで。



しかし、それから3ヵ月後の7月になって20キロ圏内の警戒区域に入り、警戒区域内の光景を見て
「現実はそんなに甘くない。かなり厳しい」と思い知らされた。

震災から6ヶ月。
いつになったら帰ることが出来るのか分らないし、生活再建のめどは立っていない。
それよりなにより、除染! どうするんだよ!
家の敷地の表土を3センチ剥がしたとして、その量は1tや2tじゃきかないだろう。
あぁぁ、気が遠くなる。


それはさておき、
避難生活を送っていると、何かとストレスなどがあって、怒りの沸点が通常より低くなってくる。
先日も娘と些細なことで口論になってしまったのだが、その際娘に
「ママはとんでもない現実主義者だよ」と罵られた。
奇しくも同じ日に実母から「貴女はすごく現実主義なのね」と言われていた。

そうだったのか。 リアリストだったのか。 自分では全く気づいていなかったよ。


*運動の自由度=6(上下左右前後)  写真は六ツ辻の道路標識。


[ 2011/09/10 17:55 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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